大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1号 判決 1973年11月09日

控訴人(附帯被控訴人)

大同株式会社

右代表者

西尾昭

右訴訟代理人

宮武太

引受参加人

成瀬博三

右訴訟代理人

加堂正一

被控訴人(附帯控訴人)

天笠清太郎

右訴訟代理人

木崎良平

外三名

主文

一、本件控訴および附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、別紙第二目録記載の建物を収去して、別紙第一目録記載の土地を明け渡し、かつ、昭和三一年四月二日から右明渡しずみに至るまで一ケ月金七、七六五円の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯訴人)その余の請求を棄却する。

二、引受参加人は被控訴人に対し、別紙第二目録記載の建物より退去して、別紙第一目録記載の土地を明け渡せ。

被控訴人その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一審の分については控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、第二審の分については控訴人(附帯被控訴人)および引受参加人の連帯負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人が本件土地を所有していること、控訴人が昭和三一年四月二日以降本件建物を所有し、引受参加人が昭和三五年四月二二日以降本件建物を占有使用して、それぞれ本件土地を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、控訴人は控訴人が被控訴人に対して対抗することのできる本件土地賃借権に基づき本件建物を所有して本件土地を占有している旨主張し、引受参加人も控訴人の右抗弁を援用するので検討する。

(一)  被控訴人が訴外関西土地建物株式会社(以下訴外会社という)に対し、昭和二九年七月一日より本件土地を賃貸し、訴外会社が本件土地上に本件建物を所有していたこと、控訴人が訴外会社から本件建物の所有権を取得して昭和三一年四月二日所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、訴外会社は、昭和二九年一一月八日、本件建物上に訴外角野数市のために債権額金二五〇万円(弁済期昭和三〇年一月八日)の抵当権を設定するとともに、代物弁済予約をなし、昭和二九年一一月一〇日、抵当権設定登記および所有権移転請求権保全仮登記を経由していたが、控訴人は昭和三〇年一月九日右角野数市から右抵当権および代物弁済予約上の権利を譲り受け、同日、右代物弁済予約を完結して、訴外会社から本件建物の所有権を取得し、前記のように昭和三一年四月二日所有権移転の本登記を経由したことが認められる。したがつて、控訴人は本件土地賃借人たる訴外会社から、訴外会社が本件土地上に所有している本件建物の所有権の譲渡を受けたのであるから、特別の事情がなくかつ別段の合意の認められない本件においては、本件建物の所有権の移転にともなつて本件土地賃借権も、控訴人は訴外会社から譲渡を受けたものと認めるべきである。しかしながら、

(1)  控訴人は訴外会社から昭和三〇年一月九日本件建物の所有権を取得すると同時に本件土地賃借権の譲渡を受けるに際し、賃貸人たる被控訴人の承諾を得たと主張するが、<証拠判断省略>被控訴人が承諾をしたことを認めるにたる的確な証拠はない。

(2)  控訴人は、また、被控訴人が右賃借権譲渡について賃貸人として承諾をしないのは権利の濫用である旨主張するが、当裁判所も控訴人の右主張を理由のないものと判断するものであつて、その理由は原判決六枚目裏七行目から七枚目裏二行目「……いえず」までと同一(ただし、原判決七枚目表九行目「しかも」の次に「後記認定のとおり」を加え、原判決七枚目裏二行目「……いえず、」とあるを「……いえない。」と訂正する)であるから、引用する。

(二)  控訴人は、控訴人が本件建物について昭和三一年四月二日所有権移転登記を経由した際において、しからずとしても、被控訴人が控訴人に対して本件建物の明渡しを求めて神戸簡易裁判所に調停を申し立て同庁昭和三二年(ユ)第一四六号調停事件として係属中において、控訴人と被控訴人との間において、本件土地について本件建物所有を目的とする賃貸借契約が締結された旨主張するが、控訴人の全立証および本件全証拠によつても、右事実を是認するにたる証拠はない。

三控訴人は、前記神戸簡易裁判所昭和三二年(ユ)第一四六号調停事件の係属中、控訴人と被控訴人との間において、双方協力して本件土地建物を一括して売却する旨の合意が成立したから、このとき被控訴人は本件建物の収去請求権および本件土地の明渡請求権を放棄した旨主張する。しかし、控訴人の全立証および本件全証拠によつても、これを認めるにたる証拠は全くない。

四控訴人が借地法第一〇条に基づき被控訴人に対し、原審における昭和三八年七月二三日の口頭弁論期日において、本件建物の買取請求権を行使したことは当事者間に争いがないところ、控訴人および引受参加人は、控訴人が借地法第一〇条により本件建物の買取請求権を取得したことを主張するに対し、被控訴人はこれを争うので検討する。

控訴人が訴外会社から昭和三〇年一月九日代物弁済により本件建物の所有権を取得し、昭和三一年四月二日所有権移転の本登記を経由したことは既に認定したとおりであるが、<証拠>によれば、次の事実が認められる。すなわち、被控訴人は昭和二九年七月一日訴外会社に対し、本件土地を賃料月額金一万三、七六五円(本件土地は三一坪六勺であるが、五五坪六勺あるものとして一坪当り金二五〇円で計算した金額)とし、敷金五万円の交付を受けて賃貸し、訴外会社は本件土地上に本件建物を所有していたが、訴外会社は昭和三〇年一月から同年一一月ごろまでの右賃料の支払いを怠り、右延滞賃料の支払いはもとより今後の賃料の支払いも困難であつたところから、訴外会社の代表取締役田中忠雄は、同年一一月ごろ、被控訴人に対し、同年一二月にはそれまでの延滞賃料を支払つたうえ、右賃貸借契約を解除して本件土地を明け渡す旨申し入れ、被控訴人も右申入れを了承したけれども、訴外会社は同年一二月を経過しても、それまでの延滞賃料の支払いができないまま経過し、翌昭和三一年一月から被控訴人が再参にわたり督促した結果、同年三月初めごろ、訴外会社の代表取締役田中忠雄と被控訴人との間において、同月二〇日をもつて右賃貸借契約を合意解除することとし、同日訴外会社は被控訴人に対し、昭和三〇年一月ごろから昭和三一年三月までの延滞賃料計金二〇万六四七五円を支払い、被控訴人の方で本件家屋を買取るべき旨の合意が成立した。ところが訴外会社は同月二〇日を経過しても、右延滞賃料の支払いができず、同年四月二三日に至り、ようやく資金調達ができたので、同日被控訴人と訴外会社の代表取締役田中忠雄らが交渉した結果、同年三月二〇日までの前記延滞賃料金二〇万六四七五円を金一三万円に減額することとし、被控訴人が訴外会社から交付を受けていた前記敷金五万円をこれに充当し残額金八万円を訴外会社から被控訴人に支払い、被控訴人と訴外会社間の右賃貸借契約は同年三月二〇日をもつて合意解除されたことを確認したうえ、訴外会社において「昭和三一年三月二〇日ヲ以テ土地賃借権、地上権権契約ヲ解除ス」と記載した書面(甲第二号証)を作成して被控訴人に交付した。当時既に、前記のように控訴人の代物弁済予約完結の意思表示によつて本件建物の所有権は昭和三〇年一月九日控訴人に移転し昭和三一年四月二日本登記がなされており、訴外会社が被控訴人に支払つた前記延滞賃料も、訴外会社が控訴人から本件建物の明渡料名義で受領した資金によつて支払つたものであつたが、訴外会社は右事実を秘匿し、いまだ本件建物を占有使用していたから、被控訴人は前記書面作成当時(同月二三日)右事実を知ることがなかつた。以上のとおり認めることができ、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

ところで借地法第一〇条の買取請求権は、土地賃借人が借地上に建物を所有していて、これを第三者に譲渡し、この建物譲受人が、土地賃貸人に対する関係では、建物を敷地に存置する権原を取得し得ない場合に成立するものであるが、建物譲受人である第三者が買取請求をなし得るためには、その敷地賃借権の譲受け自体を賃貸人に主張し得なければならず、賃貸人がその譲受自体を認めないかぎり(賃借権譲渡の承諾とは異る)、対抗要件を具備することが必要であり、対抗要件としては建物の所有権移転登記さえあれば足りるものと解するのが相当である(賃貸人の地位移転等に関する最高判昭和三九・八・二八民集一八巻七号一三五四頁参照)。そしてその所有権移転登記以前に、敷地の賃借権が賃貸借契約の合意解除などその原因のいかんを問わず、消滅しているときは、その賃借権の譲渡もなく、したがつて建物譲受人は借地法一〇条の買取請求権を取得し得ないものというべきである。

前記認定によると、控訴人は訴外会社から昭和三〇年一月九日代物弁済により本件建物の所有権を取得し、昭和三一年四月二日所有権移転登記を経由したが、被控訴人と訴外会社との間の本件土地についての賃貸借契約は、同年三月二〇日をもつて合意解除されたことが明らかであり、被控訴人が右所有権移転登記以前に本件賃借権が移転したこと自体を認めた証拠がないから、控訴人は右登記のなされた同年四月二日以後その賃借権取得自体を主張することができることとなつたものというべきであるが、すでにこれより先同年三月二〇日合意解除によつて本件土地賃借権は消滅したものである以上、控訴人は本件建物買取請求権を取得することができないといわなければならない、仮に合意解除が同年四月二三日になされたとしても、賃借権取得の時から買取請求権行使の時までの間に、賃借人の賃料不払いを理由として賃貸借契約が合意解除された場合は、賃料不払いを理由とする一方的解除の場合と同様に、賃借人の背信の故をもつて、その譲受人は借地法一〇条の買取請求権を行使することができるものと解すべきであるところ、これを本件についてみるに、前認定のように、被控訴人と訴外会社との間の賃貸借契約は、控訴人の買取請求権行使の日たる昭和三八年七月二三日以前の同年四月二三日、訴外会社の賃料不払いを理由として合意解除されているのであるから、控訴人の右買取請求権行使の効果は発生するに由なきものというほかはない。

五引受参加人は、引受参加人と控訴人との間において、控訴人所有の本件建物を代金四三〇万円で買い受ける売買契約が成立し、引受参加人は右代金を控訴人に支払つたが、右売買契約は控訴人の債務不覆行により当然解除となり、引受参加人は控訴人に対し、右売買代金四三〇万円を不当利得としてこれが返還請求権を有するとして、右金員の支払いがあるまで、本件建物を留置する権利があり、ひいては本件土地の明渡しを拒絶し得ると主張する。しかし、引受参加人主張の債権は本件建物の所有者である控訴人に対するものであるから仮にその主張する債権のために本件建物について留置権を有するものとしても、その敷地たる本件土地を留置し得べき権利を有するものとは解せられない。けだし、控訴人は本件建物を所有して本件土地を不法に占有しているものであり、したがつて引受参加人もまた本件建物を占有して本件土地を不法に占有しているものであつて、引受参加人に対して、その主張のように本件建物を留置しうることの反射的作用として、本件土地の留置を認めることは、土地所有権を侵害する不法行為者を保護することとなり留置権の企図する衡平の観念を逸脱するからである。のみならず、引受参加人主張の不当利得返還請求権は、本件土地に関して生じたものではない。他に建物について留置権を有する者が当然にその敷地についても留置権を有するものと解すべき根拠がないから、引受参加人の右主張は採用できない(大審院昭和九年六月三〇日判決参照)。

六以上説示したとおり、控訴人および引受参加人の抗弁はすべて理由がなく、控訴人は、おそくとも、昭和三一年四月二日以降本件建物を所有して、引受参加人は昭和三五年四月二二日以降本件建物を占有して、それぞれ本件土地所有者である被控訴人に対して対抗し得べき正権原なく本件土地を不法に占有しているものであるから、控訴人は本件建物を収去して、引受参加人は本件建物から退去して、それぞれ被控訴人に対して本件土地を明け渡すべき義務があり、控訴人は昭和三一年四月二日以降被控訴人の本件土地に対する使用収益を不法に妨げ、被控訴人に対し相当賃料と同額の損害を蒙らせているものであるから、同日以降本件土地明渡しずみに至るまで相当賃料と同額の損害金を賠償すべき義務がある。しかし、引受参加人は、本件建物を占有使用しているものにすぎないものであつて、特別の事情の認められない本件においては、その占有によつて直接被控訴人の本件土地に対する使用収益を妨げているとはいえないから、被控訴人に対し、相当賃料と同額の損害金を賠償すべき義務はない(最高裁昭和三一年一〇月二三日判決参照)。ところで既に認定したところによれば、昭和三一年三月当時、被控訴人は訴外会社に対し本件土地を本件建物所有を目的として賃料月額金一万三、七六五円で賃貸していたのであるが、右賃料月額は本件土地が三一坪六勺であるのにかかわらず、五五坪六勺であるとして、一坪当り金二五〇円で計算したものであるから、昭和三一年四月二日当時の本件土地の相当賃料月額は、本件土地の三一坪六勺に一坪当り金二五〇円を乗じた金七、七六五円をもつて相当とし、特別の事情のないぎり同日以降も同一額と認める。

そうすると、被控訴人の第一次的請求は、被控訴人が控訴人に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡し、かつ、昭和三一年四月二日以降右明渡しずみに至るまで一ケ月金七、七六五円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求める限度において、被控訴人が引受参加人に対し、本件建物から退去して本件土地の明渡しを求める限度において、いずれも正当として認容すべきであるが、右を超える部分は失当として棄却すべきである。

七よつて、本件控訴および附帯控訴に基づき、右と結論を異にする原判決を主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法第八九条、九三条一項但し書、九六条を適用して主文のとおり判決する。

なお、被控訴人の仮執行の宣言の申立ては相当でないから却下することとする。(山内敏彦 阪井昱朗 宮地英雄)

《第一目録、第二目録、別紙図面いずれも省略》

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例